アメフト選手から日本一熱い就活支援会社を起業した話

社会人アメリカンフットボールXリーグに所属する「富士ゼロックスJ-Stars」にて創部史上 最年少主将に抜擢される。アメフト選手として活躍しながらも、広告代理店の営業マンとして年間売上1億円を達成し、27歳で起業・アメフトチームを創部した日本一熱い男の素顔に迫る。

生い立ちを教えて下さい。

1991年4月18日に山下家四兄妹の三男として誕生しました。三男坊ということもあり、放任主義な環境で育ち、兄の失敗や成功を見て学び、要領よく生きる力を養うことができた原体験だと思います。また兄の影響もあって、小学校1年生より野球を始め、高校野球引退まで計12年間野球一色の人生でした。高校野球引退後は、アメリカンフットボール選手に転身し大学・社会人チームで計8年間プレイし、スポーツで培った経験が今の僕を形成してくれているのだと思います。

野球人生を教えて下さい。

小学校・中学校時代には大阪府でも有名な強豪チームで主将を務め、韓国代表チームと対戦したりとエリート街道を歩んでいたと思います。そして甲子園を夢見て入学した、大阪産業大学附属高等学校ではレギュラーどころか3年間メンバーに入ることすらできませんでした。高校野球人生は練習がハードで心身ともに地獄の毎日でしたが、小中学校時代に学んだ「雑草魂」や「負けん気根性」が心の支えとなりました。野球人生の締めくくりとなる高校野球では、華やかさや栄光はありませんでしたが、「継続力」や「やりきる力」を培う良い経験ができたと思っています。

アメフトとの出会いを教えて下さい。

高校3年生の時、担任の先生がアメフト部のHCをされていて、高校野球引退後に「メンバー外で終わっていいの?アメフトなら日本一目指せるで」とお声を掛けていただいたことがアメフトとの出会いでした。当時の大産大附属は日本一2連覇を果たし、日本代表選手を多く輩出する黄金時代でした。正直日本一のチームに加わる怖さなど不安もありましたが、今後の人生で後悔したくないという想いと両親へスポーツで恩返しをしたいという想いから、アメフトの世界に飛び込みました。アメフトとの出会いは僕の人生を大きく変えるキッカケとなり、チャンスを与えて下さった先生には本当に感謝しています。また大学進学は、今までの野球人生とは大きく環境を変えて、自分の力でチームを強くしたいと想い、推薦をいただいた中で一番弱く・一番僕を求めてくれた摂南大学への進学を決めました。

大学デビュー戦の写真

大学生活を教えて下さい。

アメフトを中心の生活を送っていました。入学後すぐに感じたことは、チームが掲げる目標に対しての意識のギャップでした。ギャップを改善するために行なったことは、1年生の自分が「有言し・実行し・達成する」という取組でした。当時は、毎年7月にニューエラボウルという日米オールスターゲームが開催されており、3部リーグからの選出は困難と言われていましたが、「ニューエラボウルに出る」と1年生ながら有言し、出場できる自分になるため日々何を行うべきか逆算する生活を送りました。そして大学3年生の時にニューエラボウルに選出され、有言実行の強さと実現できない目標はないということをチーム内に示すことができました。また組織を変えるにはアメフト面だけでなく、学業(単位取得)・アルバイトなど私生活も疎かにしてはいけない。と強く思っていたので、毎月最低8万円を稼ぐ・単位は絶対に落とさないという目標設定と誰よりもアメフトに時間を捧ぐという強い想いを持って行動していました。結果的にチームの目標であった、リーグ昇格は果たせませんでしたが、最高の4年間を過ごすことができました。

最終戦を終えた集合写真

就活について教えて下さい。

大学3年生の12月、就活解禁と同時にスタートを切り、・安定している・優越感・親への恩返しになるなど大きく3つの想いから大手志向の就活を行ない、大学4年生5月にブライダルの一部上場企業へ入社を決めました。当時は大学卒業後きっぱりとアメフトを辞め、ビジネスマンとして格好良い大人になろうと未来の自分を描いていました。ただ大学4年生の最終戦、勝てばリーグ昇格で4年間の目標が達成できる一戦を前に左膝内側靭帯を損傷し、思うような結果も出せず敗戦してしまいました。自分自身の調整不足でチームの仲間・後輩・支えてくださった方々に応えることができませんでした。申し訳ないという気持ちと目標を達成できなかった悔しさから社会人でもう一度チャレンジしたい。と思うようになり、内定先の会社へ相談の機会をいただきました。このとき、社長・人事部長との三者面談の機会をいただき、「うちの会社に来て欲しかったけど、人生やり残すことなく頑張って欲しい」とありがたいお言葉をいただきました。内定先の企業には心から申し訳ない気持ちと、中途半端な人生は送らないと誓いました。その後、大学4年生の1月に再開した就活では、「平日はしっかりと働き、週末はアメフトに注力したい」と本音を示し、縁あって大手医療系IT企業への入社が決まりました。

会社員時代について教えて下さい。

大手医療系IT企業で1年間勤務したのちに、教育関係に特化した広告代理店に転職しました。新卒で入社した企業では、業界1位を目指すために発足されたプロジェクトチームに同期140名の中から抜擢され、仕事面においては順風満帆な生活を送っていました。ただやり切ると決めていたアメフトへあまり注力できなかったことが理由で転職を決めました。教育関係に特化した広告代理店に転職後は、アメフトへより注力できる環境と営業のイロハを学ぶことができ、26歳の時には、富士ゼロックスJ-Stars創部史上最年少主将に抜擢され、27歳の時には、年間売上1億円を達成する営業マンになることができました。

試合終了後の観客に向けた主将挨拶

起業のキッカケを教えて下さい。

富士ゼロックスJ-Stars主将就任後に、中国・四国地区国公立大学へアメリカンフットボールの指導を行う機会があり、関西出身者が多く在学していることを知りました。また国公立大学への進学を決めた理由が、学費面で親へ負担をかけたくないという声が多く心打たれました。下宿生活を送りながら授業や研究・クラブ・アルバイトに明け暮れる学生をサポートしたいという想いは日に日に強くなりました。地方学生の課題をヒアリングしていると就活にかかる移動時間・金銭的課題から、就活にあまり注力できていない実情を知り、地方体育会の発展には就活における課題を解決することが、新入生への安心感となり競技発展に繋がると考え、2018年12月(27歳)に起業し、就活イベント「ドラフトチャレンジ」を開催しました。

中国・四国地方へのアメフト指導

起業の想いを教えて下さい。

弊社のミッションは「出会えて良かったをクリエイトする」です。今に至るまでに多くの方々に支えていただき、多くのキッカケをいただきました。中学校時代にはヤンチャしていた時代もありましたし、高校では野球で芽を出せず腐りかけていた時期もありました。ただ人との出会いやアメフトとの出会いによって人生を大きく変えることができ、人はキッカケによって人生を大きく変えることができると身をもって知りました。僕の人生が良くなったように、誰かの人生にも可能性やキッカケを届けたい。そんなコミュニティを創りたい。と想い起業を決意しました。
また人生において、やり残したこと・あの時やっておけば良かったと後悔したくない想いから、「リードエフォートエールズ」というアメフトチームを創部し、日本社会人アメリカンフットボールXリーグ連盟へ新規参入を果たしました。エールズは「応援して応援されるチーム」にをミッションに掲げ、地方大学アメフト部の指導サポートと地方大学アメフト選手がXリーグにチャレンジできる場を目指しております。

事業内容を教えて下さい。

-就活イベント「ドラフトチャレンジ」
学生がブースを構えて来場企業に自己PRをする1対1の逆説型就活イベント。中国・四国地区各地へ関西を中心とした企業にご来場いただき、学生にかかる移動時間・交通費の課題を解決。また実践に近い機会の提供により、面接経験不足の課題を解決します。

LINE公式アカウント「ツナガル就活」
LINE公式アカウント「ツナガル就活」に登録してもらうことで、学生それぞれに合った情報を配信します。年間通して就活に必要な情報をセミナー動画やイベント情報などの形で多数ご用意!体育会学生に有効なコンテンツを配信します。

-体育会広報サポート
クラブホームページ・ポスター・チラシなど体育会の発展に必要な広報物を無料で制作。また依頼に応じて、チームビルディングセミナー・ビジョンマップセミナーを開催。

学生に熱きメッセージお願いします。

世の中の組織には2:6:2の法則があります。法則を解説すると、2(引っ張る人)・6(支える人)・2(もたれかかる人)。皆さんが所属する体育会組織に置き換えるとイメージしやすいと思います。また持論にはなりますが、2(人生を楽しんでる人)・6(何となく楽しんでる人)・2(あまり楽しめてない人)と捉えています。皆さんはどこに属したいですか?人生は一度切りなので映画の主人公になった気持ちで、上位の2になった方が良いと僕は思います。ではどのようにして、上位2に属するのか。それは、自分自身が人生通してどうなりたいかビジョンを描き、なりたい自分から逆算した目標設定を行なうことが大切なポイントとなります。
僕は起業3ヶ月後に、難病指定である「後天性全身無汗症」を患い、全身から発汗作用を失い、太陽の陽を浴びることのできない身体になってしまいました。担当医からはこれから生涯、筋トレや日光を浴びることができないと言われた時は絶望の淵に立たされました。会社員でもないし誰も保障もしてくれない。様々な憶測が飛び交いましたが、そんな時に尊敬する経営者から「なぜ起業したのか」問われました。素直に、地方体育会のサポートをしたい・自分と出会えて良かったと思ってもらえる人間になりたい。その想いから「出会えて良かったをクリエイトする」会社を創りたいと答えました。すると「出会えて良かったをクリエイトする会社を創れたら、ヒト・モノ・カネに困ることはないですよ。その想いがあれば大丈夫です」と言われ、心が楽になり改めてビジョンを持つ重要性を感じました。それから事業は右肩上がりとなり、創業2年目で就活マッチングアプリ「ハドルック」をリリースするに至りました。自身の原体験を通じて、学生の皆さんには「ビジョンを持ち・なりたい自分への自問自答・なりたい自分に向けた行動」を起こして欲しいと思います。人生一回切り、最高に楽しみましょう!

2020年4月18日 29才誕生日

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